2007年11月24日
リットン調査団と満州事変
意外と知らない真実。
このようなことが起こっていたようです
1932年(昭和7年)3月、中華民国政府の提訴により、国際連盟からヴィクター・リットン卿を団長とする調査団(リットン調査団)が派遣された。この調査団は、3ヶ月にわたり満州を調査し、9月に報告書(リットン報告書)を提出した。翌1933年(昭和8年)2月24日、勧告案が含まれた報告書が国際連盟特別総会において賛成多数で可決された。
満州国の建国
1932年(昭和7年)2月初め頃には、関東軍は満洲全土をほぼ占領した。3月1日、満洲国の建国が宣言された。国家元首にあたる「執政」には、清朝の廃帝溥儀が就いた。国務総理には鄭孝胥が就き、首都は新京(現在の長春)、元号は大同とされた。これらの発表は、東北行政委員会委員長張景恵の公館において行われた。3月9日には、溥儀の執政就任式が新京で行なわれた。
同年3月12日、犬養毅内閣は「満蒙は中国本土から分離独立した政権の統治支配地域であり、逐次、国家としての実質が備わるよう誘導する」と閣議決定した。日本政府は、関東軍の独断行動に引きずられる結果となった。同年5月に五・一五事件が起き、政府の満州国承認に慎重であった犬養は、反乱部隊の一人に暗殺された。
1932年(昭和7年)6月14日、衆議院本会議において、満州国承認決議案が全会一致で可決された。9月15日には、大日本帝国(斎藤実内閣)と満州国の間で日満議定書が締結され、日本の既得権益の承認と、関東軍の駐留が認められた。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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